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【vol. 23】  秋は商いのアキ?

さすがにそろそろ、秋らしくなってきた頃、実は、秋は「商」業の始まり、という説を、秋の夜長にいかがでしょうか。


そもそも、商業ってなんだろう?商いっていつからどのように行われるようになったのか?

昔、人々の生業は狩や漁、農作など自給自足であった。自分たちに必要なものを作り、それ以上の成果ができると、そこで、物々交換が始まった。物々交換がその後、金銭を交えるようになる。商業の始まりである。特に稲作を中心とした農作物は、秋が収穫の季節。その収穫が商品になる。つまり、秋が商いの出発点。


その後、収穫そのものだけでなく、余ったものを加工して、二次的な商品を作り出していった。例えば、稲作のコメを収穫した後の稲で縄を綯う(なう)というように。秋の余り物をなう、「秋なう」ことが「商う」になる。

そして、より多くのものと交換するために、遠くへ出掛けて行ったのが、行商。それが流通の始まりではないだろうか。


一方、出掛けていくのではなく、来るものを待ち受けるスタイルが、店という商いの形に発展していく。来る客を日々待ち続ける。機会損失を避けるには、待ち続けることに飽きてはいけない。「飽きない」ことが「商い」の原則となる。日々の「普段」を整えて待ち続ける努力と、ただ続けるだけでない、途切れることのない「不断」の改善が、進化の秘訣になっていく。



こうしてみると、そもそも「商」の概念は、再利用する知恵や、続けていくことの価値にある。つまり、商業の本質は、持続可能「サステイナブル」そのものと言えるのではないだろうか。



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